日常

人を理解するという行為

まず、当たり前ですが、人が人の全てまたは大半を理解するなんて絶対に出来ません。映画や小説の様にアタマをパカっと開けて確認する事が出来ればハナシは別ですが…

家族や夫婦、恋人同士でも理解は多分1割程度てしょうかね。

例えば「この人はこうして欲しいだろう」と思ってやった行為でも、その人が天邪鬼だったら。DIDだったら。

はい、絶対にムリです。

ではこのブログでは何が言いたいか。
理解する事自体は無理でも、その行為に意味があります。

理解しようとした結果「理解できなかった」や「少し理解できた」または人によっては「完全に理解できた」というケースもあるでしょう。そして自分が「納得」する。すなわち自分は「これをすれば納得するんだ」と「自分を理解」する訳です。

「自分を理解」できていれば、自分を他人に的確に説明できます。つまり自分を他人に「理解してもらいやすくなる」という事です。

人を理解するために、自分を理解する、そして自分を理解してもらう

という事。

そしてこの3つの行為で前後2つは自分以外を含む行為。真ん中だけ自分のみの行為。だから簡単で確実なんです。

人を理解するために、まず自分を理解するという事から始めてみてもいいかも知れませんね。

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